土下座のかいあってか、良司さんは快くお金を貸してくれた。しかも「僕のものはもう全部白緑君のものなんだから返さなくていいよ」とまで。 が、それは駄目だ。借金をしておいてなんだが、この歳になればお金関係で友情や愛情、主従関係が崩壊していく様を何度も見ている。 使い魔との良好な関係は立派な一人前の魔女の条件でもあると俺は考えている。 とりあえず三万七千円をありがたく拝借して、小悪魔たちに千円ずつあげた。 手が震えてなかなか離せなかったけど、小学生組は大喜びしてくれたから良しとしよう。中学より上の連中は予想通りの態度だが、これも良しとしておくのが大人だ。 そして姉兄たちに軽く挨拶してから母の待つ、彼女の部屋……もとい魔女の部屋へ向かう。 奥座敷の地下にあるのだが、怪しげな掛け軸の裏や、隠し通路がありそうな床脇は無視。いったん振り返り欄間めがけてジャンプ―― するとあら不思議。あっという間に地下室の階段にたどり着きましたっと。「に、忍者屋敷って本当にあるんですね。ワクワクしてきました」 ついてきた良司さんが少し興奮している。 そうか。これ一般家庭にはない設備なのか。子供の頃から慣れ親しんだ俺には当たり前だった。あっちの世界ではもっと色んな仕掛けがあるし……。「忍者屋敷っていうよりは魔女の館って方がしっくりきますけどね」 階段を降りて、ちょっとした巨大迷路を抜け、罠を解除して合言葉を囁き、現れた行き止まりの壁に家族の紋章をかざしてようやく母の部屋の前に辿り着く。「か、かなり厳重なんですね」 「法に触れる物やヤバいモノがわんさか保管してあるんでそれなりには……内緒ですよ?」 俺の言葉にごくりと喉を鳴らした良司さんだが、物凄く楽しそうだ。「母さん、入るよ」 ここで返事を待たずに入るのは厳禁。もしも、怪しげな召喚や薬の調合なんかしてたらえらい目にあう。「遅かったな。ほれ、紫が準備万端で待っとるぞ」 母ではなく父が出迎えてくれる。しかし、準備万端とはいったい……。 禍々しい素材置き場を通りすぎ、目をキラキラさせて首を動かす良司さんの手を引き、調合室もすぎて休憩室に行くと、微笑む母が椅子に座っていた。いつものようにかすかに流れているハープかなにかで奏でられる音楽がとても心地よい。「白緑ちゃんも、良司ちゃんも座って。大事な話があるの」 椅子が俺
さ、寒い。 昼とはいえ真冬の野外。寂れたJRRの駅前は雪こそ降っていないけれど、凍てつく冬の風が駆け抜けていく。そういえば今年の正月は何十年かに一度の大寒波だとニュースで言っていた。 パジャマ姿の俺は既にヤバい眠気に襲われつつある。もちろん母に放り出された心理的な影響もあるだろう。現実逃避には睡眠が一番だから。しかしこうなると、いつも状況に合わせていい感じの服になってくれるベリーのありがたみがこれでもかと身に沁みる。 あれ、言ってしまえばハグだもん……。「凄い! 瞬間移動だ! 紫さんの魔法だよね!?」 良司さんは俺そっちのけではしゃいでいる。悪いがそんな珍しくもなんともないことはどうでもいい。とにかく寒い。一先ず良司さんは放置だ。 えっと、一緒に放り出されたスーツケースの中に何か防寒できるものがないかな。「うおっ!?」 スーツケースの中から音がする。ドンッ、ドンッと、まるで外に出せと言わんばかりの迫力……ええい、少し怖いが構うものか。 今にも寒さと悲しみにKO負けしそうな俺はスーツケースを開け放った。 と、同時に飛び出してきたのは――「くそが!! あんのジジイめ、なんてことしやがる!!」 『うぅぅ、僕の体がちょっぴり燃えちゃったよぉ』 怒れるシラーとベリーだった。おお、神よ。これでこの凍てつく寒さともお別れできます。「あああああベリー! 会いたかった! 今すぐ暖かい服になってくれ! このままじゃ――」 『やだ!! 白緑のせいでこうなったんだからね!! 見てよここ、勝蔵の息でこんなことになっちゃったんだよ!』 半泣きでポカポカ殴りかかってくるだけでベリーは暖かい服になってくれない。せめてローブのままでいいから羽織らせて欲しいが無理そうだ。「じゃ、じゃあシラー! 大きくなって俺を腹の下に入れてくれ!」 「断る!! 私の腹の皮は卵や雛の為にあるんです! 白緑みたいな加齢臭漂うオッサンの為にあるわけじゃない!!」 か、加齢臭!!? 「お、俺が加齢臭なんてありえないだろ! 種族的特徴でいつでもふんわり香る良い匂いなんだ! 柔軟剤要らずで経済的だって褒められるのに! 撤回しろ!」 「加齢臭は自分じゃ気付かないっていいますもんね!」 そ、そんな馬鹿な……掴みかかったシラーの反論に心が折れそうになる。「み、白緑君は加齢臭なんてしないよ
純朴そうな若者から腕を離して美女が駆け寄ってくる。相変わらずたわわな胸が奔放なことだ。 「白緑が男連れなんてどう風の吹き回しかしら。それにその荷物。あ、もしかして――」 きっとこいつ、これから失礼なことを言うわね。「処女卒業おめでとう!」 そう叫んでガシッと私の両手を掴んだこの変態痴女……げふんげふん、露出多めな服を着た爆乳女は魔女大の同期。「ちょっと止めてよ。良司さんとはそんなんじゃないわ」 疎らとはいえ人目もあるのに。大きな声で恥ずかしいことを言わないで欲しい。「白緑く――さんのお友達?」 「え、ええ。この子は夜鶯胤乱子(やおういんらんこ)っていうの。魔女大の同期なのよ」 私の顔を見てきた良司さんに囁く。「あら? あららら? 白緑はこの人に魔女だって伝えてるの? じゃあやっぱりそういう仲なんじゃない」 これまであまりにも男っ気の無かった私だ。乱子の目が興味で輝いている。良司さんが挨拶をしようとしたのを遮ってグイグイくる。「ああもう! 本当は同期会で自慢するつもりだったのに……あのね乱子、良司さんは私の使い魔なの。それも月光の妖力に適性があるとっても凄い珍しいタイプのね」 予定とは違ったけれど、使い魔自慢ができて少し嬉しい。「ええ!? それはもう処女卒業どころじゃなわ! 予定変更、緊急招集――はダメね。やることあるのよ」 思い出したように放ったらかしていた純朴男子を見た乱子が、ごめんねと微笑んだ。 どうしていいか分からず、ドギマギしていた純朴男子は乱子に手招きされて、安心したように含羞んでから、小走りで寄ってきた。「あっ」 私の口から小さな驚きが溢れた。「は、はじめまして。俺、杉村っていいます」 少ししゃがれたような声で色黒。スポーツ刈りを放置してそのまま伸びたであろう短髪にやや幼さが垣間見える輪郭。さらに誠実さの中に燻る初々しい性欲も感じ取れる整った容姿は、乱子の拗れた癖にぶっ刺さる見た目だ。おまけに名前も杉村ときた。 二十六年前に乱子を乱子たらしめることとなった事件の原因と瓜二つ。 彼の存在を知ってから、いつもカントリーロードを口ずさみ不可能とされる二次元から錬成するホムンクルスの研究に没頭していった乱子だけど、遂に成功したのだろうか。「やだ、違うわよ白緑。杉村は正真正銘の人間よ」 ああそれは可哀想に。墓場鳥の
とりあえず良司さんには、この異様な城が真っ白な壁の庭と暖炉つき一戸建てに見えるらしい。 結婚を夢見る乙女か。 長年見習い魔女をやっている私でも、ここまでのTHE・いわくつき魔法物件、そうそうお目にかかったことはないんですけど。 私たちは真南の路地から真っ直ぐここへ来た。南西に小学校、北に高校、南東に中学校が建っていて、円形の道が城を囲んでいる。そして北西と北東方向にも直線の道が伸びている。 詳しいことは分からないけれど、何かしらの何かが施されているのは明らかだ。しかもさっきからキルジャッキルジャッって聞こえる。なにこれ、恐すぎる。こんなことなら乱子について来てもらえばよかった。「……ちなみにいくらだったんですか?」「え~っと八千万くらいだったかな。一括で払ったからもうちょっと安くしてくれたと思うけど」 はっせ――「白緑! 気をしっかり! は、八千万なんて……八千万なんて……ぐっ!?」『シラーも落ち着くんだ! 深呼吸してあっちの実家を思い出して! 八千万がなんだっていうんだよ! 父親のパンツ一枚より安いじゃないか!』 ああ、シラーとベリーの声が遠くでこだましている。 ぼんやり呻き声のする方をみれば、シラーが心臓を押さえて地面に転がっているし、パンツより安いとか言うベリーはショックで頭がおかしくなっちゃったみたいね。「……さん? 白緑さん?」 はっ! 八千万円の一括払いとかいうえげつない財力の前に、何処かへ行きかけていた。ただ不安を紛らわせようと聞いただけなのに、余計な負荷で心臓が押し潰されそうになってしまったじゃない。「と、とりあえず中に入りましょう」「うん。あれ? 入口はそっちじゃないよ」 おや、良司さんがなにもない壁に手をかけている。ああなるほど。普通の人にはあそこがドアなのか。「良司さん、そこは壁です。たぶん、本当の入口はこっち」 私が指差し
※ベリーからのお知らせ。 今回はちょっぴり刺激が強い内容だよ。心臓が弱い人は気を付けてね。 ---------------- 第13話 見習い魔女と黒き妖精 迫り来る数多のウィル・オ・ウィスプ。奴らはカサカサという特有の音を立てながらもうすぐそこまで来ている。 シラーやベリーに助けを求めようにも姿が見えない。良司さんもだ。主のピンチに駆け付けない使い魔になんの意味があろうか。あいつら三人はクソだ、ごみ屑だ。 しかもベリーがいないから私の格好はパジャマ。防御力云々とかいうレベルじゃない。「あああ、ウィル・オ・ウィスプの弱点はなんだっけ。久々過ぎて思い出せない!」 ウィル・オ・ウィスプは幽霊系の中でもわりと厄介な方で、触れると凄く冷たい。焼けるような冷たさと言えばいいだろうか。とにかくこんな数に襲われたらショック死かよくて凍死。 床に散らばる木の破片や枯れ葉を投げ付けて威嚇をするも、それらを取り込こまれて炎を大きくするだけだった。 この揺らめく青白い炎のせいか、時折景色がざわざわ動いて見えるのも気味が悪い。「水、そうだ水をぶっかけて――」 いやいや、ただの火の玉じゃないんだから水をかけても無意味だって習ったじゃない。大学で消火実習をしたけど二十年以上前だし、そもそもウィル・オ・ウィスプなんて現代じゃ滅多に出くわさないから対処法なんか綺麗さっぱり忘れてしまった。「ダ、ダメ! 全然思い出せない!」 四方八方から揺らめき寄るウィル・オ・ウィスプ。ぶつかる、と思ったその瞬間、勇ましい声が響いた。「止めないかお前たち!」 白馬に乗った王子様を思い起こさせる声、または勇者が颯爽と現れたかのような安堵感、あるいは威厳ある魔王の命令……。 ピタッと止まったウィル・オ・ウィスプたちが、どこか残念そうな雰囲気で声のした方向へ飛んで行く。 ウィル・オ・ウィスプが去ると、室内がずいぶん薄暗いのだと改めて
さて、すったもんだあったが衣食住の衣と住は確保できた。 衣は元々ベリーが担当していたから新鮮味はないが、住となった良司さんの家はなかなかに居心地が良い。本当、使い魔様様である。 あとは同じく使い魔のシラーが食を担当してくれれば言うことなしなのだが、どうも困ったことにゴキブリ魔王がでしゃばってくる。「我は家事が得意なのだ。すべて任せるがよい」 などど言って、昼食を作ろうとキッチンに立とうとするのだ。 いくら見た目が長い触角を持ったイケメン魔王とはいえ元はゴキブリ。ばっちいの次元を遥かに越えている。例え何かの過ちで許したとしても、あっという間に正気に戻ってキッチン丸ごとP●ファイアーだ。「頼むから一切の家事に関わらないでくれ。むしろ必要な時は呼ぶから裏で好きにしててくれると嬉しい」 「それではせっかく白緑の側にいられるという幸運の意味がないではないか。それに我は早く封印を解いて欲しいのだ」 言い終わると同時に目を閉じてキス待ち顔になるゴキブリ。すると俺の左耳をシュンシュンシュンッと風切り音が通りすぎていった。「うぎゃーー!!」 シラーが改造ネイルガンを発射したようだ。顔を押えてのたうち回るゴキブリには悪いが、あの辺りは徹底洗浄の後、滅菌処理してもらおう。 あ、良司さんが救急箱を取りに走った。なんてこった。良司さんはゴキブリにも優しいのか。どうせすぐ元に戻るんだから放っておけば良いのに。やはりできる大人は違うんだな。『はぁ。これは素晴らしい武器ですね』 俺の肩から飛び降り追撃の構えをとったシラーがうっとりした声を出した。あんな恍惚とした顔、この三十六年間で一度たりとも見たことがない。「ほどほどにしとけよ。後で仕返しされたって知らないぞ」 「ケヒヒ」 「え?」 今、シラーから聞いたことのない笑い声が聞こえたような気がする。『うわぁここにきてシラーの本性が……』 「は?」 『あ、ううん。なんでもないよ。あ~! もうぼくお腹ペコペコだよ! ねぇお昼ご飯は良司が作ってよ~。でも夜に影響がない程度にしてね。久々のサバトなんだから』 ふわふわっと俺から離れ、救急箱片手に戻って来た良司さんにまとわりついたベリーは知っているらしい。俺の知らないシラーの本性を。 生人形の性格が可愛さに応じてクソになっていくのは俺もこの身をもって知っている。だ
泣きながら清掃作業を終わらせて、熱いお風呂に入ったら少しスッキリした。良司さんが出してくれた新品のふかふかしたスリッパも心を和やかにしてくれる。 しかし、カサリという音と「落ち着いたか?」というイケボと共にテーブルに置かれたハーブティーが心をざわめかせる。揺らめく湯気程度では辛い現実を隠しきれないようだ。再び鳩尾に不快感が戻ってきた。「どうして俺が吐いたか分かってるのか?」「ああ、悲しいことだが我のせいであろう? 毎日湯に浸かって体も洗っているというのに、刷り込みとは恐ろしい。一種の洗脳だな」 おいおいおい。まさかさっきまで俺が入ってた風呂を使ってるんじゃないだろうな。ゴキブリと同じ湯船とか正気を保てる自信がないぞ。「だが、愛する白緑が言うなら我は家事から身を引こう。代わりに眷属たちを――」「なんにも分かってねぇな!」『そうだそうだ!』 見ろ。ハンガーに吊るされてエアコンの風に吹かれているベリーもご立腹だ。「いいか? 俺はお前が嫌なんじゃない。ゴキブリが嫌いなんだ。種族を汚物として捉えている」「そ、それはあんまりだ。おお、神よ。何故ヒトはゴキブリを忌み嫌うのか」 蹲り泣き始めた魔王。くそっ、人間の姿でそんなことをされると多少なりとも罪悪感が沸いてしまう。それによく考えれば、俺は異世界人だ。この世界の人間の常識に合わせる必要はないのかもしれない。「えと、すまん。種族が汚物、は、少し言い過ぎた」「み、白緑……」 顔を上げた魔王の瞳が潤々と輝いている。とても純粋そうだ……ふっ、俺が間違っていた。 なんの役に立ってるのかは知らないが、とりあえず今は同じ世界に住まう者同士。どうにか共生の道を模索しようじゃないか。きっと、いい考えが見つかるはずだ。「なぁゴキブリ魔王。お前、名前は何て言うんだ?」「……我を名前で呼んでくれるというのか?」「ああ。俺は竜胆白緑、いずれ真なる魔女になる男だ。仲直りしよう。立ってくれ」 俺を
初詣の人々で賑わう大通りにコンビニ袋を被った異様な団体がいる。 そう、私たちだ。 目的のお店が有名神社の参道でもあるこの大通りに面しているので、顔を隠しているのだ。 私としては目立ちたくないなら服装をどうにかしろよと思うのだけれど、同期たちは全員頭のおかしな魔女なのだから仕方がない。 まず大荷物を背負った季節感皆無の虎柄ビキニの馬鹿は冥鬼弩(めぎど)ヤスエ。暑苦しい体育会系の魔女だ。 そのヤスエと一緒に来たのが浮遊するタブレット端末に住む十二単姿の銀花。嘘か真か平安時代に滅された雪女の怨霊らしい。 無言でイチゴのステッキを振り回し、道行く人の飲み物にイケナイモノを混入させているのがボクっ子の魔法少女姿のメグミ・カミザキザワ・ロン。父親が米国巨大企業の代表取締役社長というセレブ中のセレブ。また、イチゴ魔法なるものを生み出した奇才でもある。 褌一丁の男に腰かけているのはジズ・エンドル。漆黒のローブを身に纏い髑髏の杖と頭上に黒い環を持つハンガリー人の彼女は、あろうことか京都から人力車に乗って来たらしい。車夫が走り潰れると、目に入ったイケメンに魔法をかけて代わりに走らせたというから、相変わらずの鬼畜っぷりだ。 で、例の変態エジプト人ティティ・メジェド。全裸に布を一枚被っただけのガチガチの変態。彼女はこの格好のお陰で目から光線を出せるし火も吹けるし姿も消せると言うけれど、それがなんだというのだろうか。 そして女子高生に扮し、弾けんばかりの胸を揺らす恥女の夜鶯胤乱子(やおういんらんこ)。四十五歳を過ぎてよくもまあそんな格好ができるものだと感心する。小中高大と共に過ごしてきたが、コイツの自己肯定感はいつだって異常甚だしい。 こうしてみれば私の常識人ぶりがよく分かるわね。なぜなら唯一、正月に相応しいまともな服装なのだから。『ううう、ぼく恥ずかしいよ。どうしてお正月の町中で純白のウェディングドレスなんかに』『我慢なさいベリー。白緑は日本文化をはき違えてるんですから』 ベリーとシラーには毎年文句を言われるが、これは廃れつつある古き良き日本の伝統文化なのよ。 二十歳以上の独身は、新年会に純白のウェディングドレスで参加するものだ、と姉の黃壱が教えてくれた唯一まともな知識。尊敬する先輩魔女だって本当だと言っていた。「あの、ご予約のお客様でしょうか?」 店員
くっ、凄まじい魅了魔法。魅了耐性の高い私をくらくらさせるなんて、さすが乱子。でも大丈夫。こうやって自分の顔を殴れば――ほら、なんてことない。「わ、私に魅了なんて効かないわ……」「んもうっ、野蛮なんだからぁ。鼻血出てるわよぉ」 乱子が呆れた様子でハンカチを差し出してくる。やたらと良い香りで誤魔化してるけど、微かにラミアンベラドンナの香りが……息を止めて拭う振りをしておこう。 ていうかよく考えたら危険だったかもしれない。シラーもベリーもいないんだった。魔力の尽きかけた生身の私だけで、どれだけ乱子とやりあえるかは未知数だもの。「じ、実物は実家にあるの。でも事情があって今帰れないから――」「やだぁ、もしかして今さら一人立ちの修行してるのぉ?」 ぐっ、すっごい馬鹿にされてる。そりゃあ私だってこの歳でと思うけど、仕方ないじゃない。「聞いて乱子。私、訳あってこの学校を救わなくちゃいけないの。でも校長が邪魔で……討伐を手伝ってくれたら燐粉をあげるわ」「ちょっと待ってぇ。私の目的を話せばいいんじゃなかったかしらぁ? 急に条件をすり替えられたからびっくりしちゃったじゃなぁい」 チッ、引っ掛からなかったか。 にしても全然攻撃の手を緩めないわねこの女。今の胸の揺らし方は間違いなく誘惑魔法。乱子の胸なんか一ミリも興味ないけど、頬の痛みが引いていたら飛び付いていたかもしれない。やはりハンカチは使わなくて正解だった。 う~む、こうまでして私を駒にしたがる理由……この学校には財宝でも隠されてるのかしら。それならそれで一枚噛みたいけど、先ずは私のミスをどうにかせねば。 乱子が来るなんて予想もしてなかったから、SNSでありもしない”校長の悪事”を拡散してしまった。あの拡散スピードでは、もはや無かったことにするのは不可能。大炎上と損害賠償請求待ったなしだ。 阿叢は社会のお勉強代として払えばいいけど、私の場合、肩代わりする良司さんが可哀想だ。何としても校長を破滅、それか阿叢を単独犯に仕立て上げなくてはならない。「ヤタガラスアゲハの妖精よ? ちょっとお手伝いするくらいバチは当たらないでしょ」「そうだけどぉ……」「このチャンスを逃したら次はいつ入手できるかしらね?」 全然知らないものだし、それという確証もないけど今を乗り切れればいい。実家に帰れさえすれば母の素材庫から代
いや、待て、落ち着け俺。 まずチンコロは違う。別に俺と阿叢で悪巧みしてたわけじゃないんだから正しくは通報……それにしたって俺を放置してそんなことするか普通。 あ、サイレンが止まった。 速すぎる。阿叢が電話を切ってからまだ一分も経ってないのに。「安心しろ。この国一番の正義の味方を呼んだから何の問題もない」 爽やかな笑みを向けてくる阿叢に目眩がした。馬鹿じゃないのか。問題だらけだろ。そもそも俺が助けてくれと言ったか? いいや、言ってない。 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で騒ぎにするとは何事か。 まあ全部嘘だからいいものの、もし本当だったら俺のメンタルはめためたになって二度と元に戻ることはなかったかもしれない。 良いことをしている。可哀想な人を助けている。そんな気持ちが透けて見える阿叢の顔。これっぽっちも悪気はないのだろうが、それこそなおタチが悪い。 ご飯をくれるからっていい人だと思った俺が馬鹿だった。こいつはエゴの塊だ。 あああ警察だなんて急展開すぎる。 こうなったからには嘘を真にする他ない。悪いが校長には社会的に死んでもらおう。そうだ、いっそのこと毒薬ばらまき事件も校長の犯行にしてしまえ。 お、そう考えれば結果オーライかもしれないな。不思議と怒りが感謝へ変わっていく。 そうと決まればパンツの下にいくつかキスマークでも浮かび上がらせておこう。乳首にもピアスホールを開けて、如何わしいタトゥーをもう一つ腰に浮かべる。 校長の趣味は知らないが、社会的に抹殺するならこれくらい……いや、もう少し攻めるか? あそこを変型させるように変身して、器具の部分だけ色を変えたら、あっという間に貞操帯の出来上がり。 それから俺のスマホ――はベリーが持って行ったから、阿叢に証拠だと写真を撮らせてSNSにアップさせる。おお、みるみる拡散されていくじゃないか。 怖いなぁSNSって笑 よし、これで準備万端だ。 さあ来い警察、俺の演技力で見事校長に濡れ衣を着せてやろうじゃないか。と意気込んだのはいいものの――「ここです! 竜胆さん!」 ――ん? 聞き間違いか? 今、阿叢が竜胆さんて言わなかったか? ここ我らが日本、日の元の国に竜胆姓は一血族のみ。何故なら母の紫が父の勝三と結婚し、竜胆を名乗ることとなったときに、
てっきり学食へ行くのかと思ったら、阿叢はてんで別の方向へ進んで行く。「え? あの先輩、学食はこっちじゃないですよ」 「黙ってついて来い!」 「は、はぁ……」 どうしたんだろう。まさかその歳で、学校でウンコしてたのがばれて恥ずかしい、とかじゃないよな。『違うよ、さっき白緑がえへへなんて言ったからだよ。すっごく気持ち悪かったからねあれ。オッサンが使っていい言葉じゃないんだから。いい加減年相応になろうよ』 うるさいな。見た目が若いんだから年相応だろうが。それに吸血樹鬼の四十六歳なんて人間で換算すればまだまだ幼児だ。ばぶばぶ言ったって何の違和感もない。『あ、そう。じゃあオムツになってあげようか?』 続けて精神は人間と同じ早さで成長するくせに、とぼやかれた。 何て言い返そうか考えていたら阿叢が止まりこっちを向いた。ここは……北校舎裏のギロチン置場か。「お前、上反りフランクだなんてどういうつもりだ? 脅してるのか?」 ……はて? 俺がおねだりしたのはイベリスフランクであってそんなヤル気満々な雰囲気のフランクじゃないんだけど。 困惑していると阿叢の睨みが一層鋭くなった。その殺意バシバシさは、さすが滅殺と名の付く学科に在籍しているだけある。「上反り? いや、俺が食べたいのはイベリスフランクなんですけど」 「だからそれは上反りフランクじゃないか!」 まるで意味がわからない。そもそも上反りフランクをおねだりしたからってなんで脅しになるのか。「お前も校長みたいに俺を脅して無理矢理――」 ええっ!? ま、まさかそういう……だから上反りとかフランクに敏感なのか? 嘘だろ。こんな聖人を育成しますみたいな学校の、それこそ聖人のような校長が生徒に……はっ!?「ちょ、まっ、先輩! なんで手に霊力集めてるんですか!?」 信じられない量の霊力が圧縮されていてバチバチ、バリバリ嫌な音が鳴っている。『え、なんで? 白緑なにしたの?』 『何もしてない。こいつが勝手に勘違いして勝手にキレてんだよ!』 あああああ、これはあれだ。ヤられてるのがばれたから殺りにきている。きっと槍を作ろうとしてるんだ。阿叢は槍投げの選手だからな。去年インターハイで優勝したとも言ってた。「優しくしてやったのに最低だなお前」 ほら見ろ。殺意たっぷりの霊槍を作りやがった。しかも切っ先を
目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。 その過激な校訓とは裏腹に、何故か俺にはまったく気付かない。教師含め未熟者ばかりで逆に心配になるくらいだ。 実は俺、校庭の樹木や学食目的で何度もここに忍び込んでいる。ベリーの言ってた気になる食堂ってのがここの学食で、三十円のぎりぎり定食という色んな意味でぎりぎりの定食がコスパ最高なんだ。 これを買うと生徒の皆がおかずを分けてくれるし、同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんもサービスしてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと”侵”入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」 『オッケー』 「かまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドが許しません。一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」 は? 猫ばば確定なのにそんな大金入れるわけないっての。そもそも財布のプライドってなんだ。じゃあいつも五百円しか入ってない俺の財布はどうなる。「三百円だ」 「やれやれ、ケチ臭いですね」 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できる。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安い。三百円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるじゃないか。『今さらだけど、いい歳のおじさんが高校生の振りってどうなの? 図々しくない?』 「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それに木を隠すなら森の中、だろ?」 「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三百円って。嘆かわしい」 うるさい――っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。 ほぼ無い魔力を使い魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。この虫はあらかじめ伝えておいた探し物に近付くと、手元に引き
ジャックが大きな溜め息をついた。「白緑よ、我としてはずっと側にいられて嬉しいのだが、その……」 「なんだ?」 思えばジャックと幽霊たちに身の回りの世話をしてもらうのもすっかり慣れてしまった。上げ膳据え膳生活の快適さよ。 それによく考えればジャックは元々ゴキブリじゃないんだし、直接触られるわけでもない。もういいだろうと思えてきた。「我に身を委ねておるし、毎日下着姿で眼福ではある。外出も夜中に樹液を吸いに行くだけであるし、我はこの上なく幸せだ。だがな、そろそろまともな生活をだな……」 なんだよ。やる気が無いときはこうするのが一番なんだ。薬局のバイトは良司さんに引き継いだし、見習いの仕事も声がかからないんだから、まともじゃない生活だろうが別に問題ないだろ。仕方ないことなんだ。「ジャック、あなたは白緑にすべてを捧げる契約をしたのです。何も言わずただ白緑に従っていればいいんですよ。ああ、ワショク、次は辛口の日本酒。つまみはエイヒレで」『そだよぉ。一日中ネトフーリで動画見ながらおやつを食べることが今のぼくらの仕事なんだもん。あ、チューカくん、ごま団子おかわり。それからフレンチちゃんはチョコの盛合せ追加ね。イタリアンは三段ケーキお願い。生クリームたっぷりだよ』 ペンギンの可愛らしさを捨て去った酒臭いシラーと最近テカリを帯びてきたベリーが俺の代わりに返事をする。 二人はふわふわ浮かんでいる。それは醜く肥大化し過ぎたせいでことあるごとに何かにぶつかるため、ついに生活圏を空中に移したからだ。もちろん浮力はジャックの力。浮かび上がっているのに堕落という、表現の難しい光景。 ああはなりたくないものだ。 かくいう俺もダラけてはいるものの、最低限の自己管理はできている。「だが、さすがにこの状態は良くない。不潔かつ不健康、なにより迷惑だ」 ネクロマンサーでゴキブリの肉体をもつヤツが何を言ってるんだろう。お前はそういう環境を好む種族じゃないか。それに存在するだけで世界中に迷惑をかけているのはそっちだ。 だいたい俺は不潔でも不健康でもない。シラーと違って毎日風呂に入ってるし、ベリーも洗濯してもらっている……まあ、ぬるぬるするからあまり着る気にならないんだけど。「良司のこともだ。最近ますます反抗的になっているではないか」 それはそうだが、良司さんの感じから察するに
ジャックの放つ光は近付くにつれて強烈になっていく。 こ、これ、ひ弱な人間なら灰になってるところだぞ。ジャックのやつめ、愛しいとかほざいておきながら殺しにかかってるじゃないか。だからネクロマンサーは信用ならないんだ。「く、くそう……」 はっきり言ってどうしていいか分からない。ベリーを頼ろうにも、さっきの言動のせいかジャックに力を貸してやがる。俺の魔力を奪いジャックへ流し込む非道さ。最低なやつだ。 シラーはシラーで苦しそうにしながらもニタニタと俺を見てくる。同じく魔力を……まったくなんて薄情なんだ。俺の使い魔のくせに信じられない。性根が腐りきってる。「イトシイ、ミドリ……」 とかなんとか考えているうちにジャックの手が顔の前まで迫っていた。 ああ、もう駄目だ。真なる魔女になって親父に褒めてもらいたかっただけなのに、異世界に飛ばされて使い魔に裏切られたあげくネクロマンサーに殺されるなんて。 眩しさと諦めで目を閉じれば、思い出が走馬灯のように駆け抜けていき、最後にヘラヘラ笑って俺を抱き締めようとする親父と不満そうな緑色のちんちくりんの姿が浮かんだ。 短い人生だったな……「ふはっ。目を開けろ白緑」 死を覚悟して来世はどんな種族がいいかと考えていたらジャックが吹き出した。まともな声に戻っている。 恐る恐るだが言われたとおり目を開けると、ジャックはしてやったりといった顔をしていた。「え? は?」「どうだ白緑? 恋に落ちたのではないか?」 はあ? 「ドキドキしたであろう? その胸の高鳴りは我に恋しているからなのだぞ」 どういう思考回路してんだコイツ。今の状況でどうやったら恋に落ちるってんだ。なんだ? ゴキブリの求愛はこうだってのか?「これはかの有名な――」 この時代、誰でも知っているであろう吊り橋効果のことを大発見のように説明していくジャック。さっき紹介された料理人の幽霊たちが感銘を受けたよう表情でジャックを持ち上げている。 わざとらしいことこの上ない。ていうかそんな説明したら吊り橋効果は無意味なのでは……。「え、なになに? もう終わりなの? なんだつまんないなぁ」 良司さんが心底つまらなそうな顔で部屋を出ていった。 うむ、あの態度はなんなんだろうか。実は良司さんて性格に難ありなのかもしれない。内緒話もすぐバラすし。「四十歳越えの未
その老人の正体っていうのが――「母なんです」 「えっ!? 紫さん!?」 信じられないのも無理はない。良司さんは母の美しい部分しか見ていないのだから。「今でこそ穏やかな感じですが、母は結婚を期に引退するまでバリバリの悪い魔女だったんですよ。白雪姫をブチ殺すよう唆した魔法の鏡の中の人だったり、ヘンゼルとグレーテルとか、いばら姫とか……とにかく童話とかそういうのに出てくる悪い魔女は全部母だと思ってもらってかまいません」 そう、竜胆家は由緒正しき悪の一族なのだ。 因果は巡る糸車、かつて母が陥れた者やその子孫たちは、竜胆家が母の血筋だと知ると即報復を企てる。 中でも強烈だったのがヘンゼルとグレーテルの子孫。軍の秘密部署に所属していた奴は、あろうことか我が家に向けて魔女浄化ミサイルなるものを発射しやがった。 それにいち早く気付いた当時まだ学生だった姉、黃壱がぶちギレ。烈火の如く反撃した結果、ミサイルが七百個複製され奴の母国上空へ瞬間移動、エ●ァンゲリオンも真っ青な大爆発を起こした。 当然、国際問題に発展した。 しかし何をしたのか知らないけど、両親が奴に全責任を負わせたお陰で、黃壱は同族浄化という大罪を逃れることができた。 ただ俺としては、黃壱がどこかの監獄にでもぶち込まれてくれた方が嬉しかった。なぜならその後、そういう奴らを見つけ出しては喧嘩を吹っ掛けるようになった黃壱の巻き添え食らう羽目になったからだ。 今思い出してもゾッとする。どいつもこいつも反撃のためには手段を選ばない異常者ばかりなんだもん。「それで、母はまだ魔法のハープを愛用してまして……ほら、母の部屋へ行った時、音楽が流れてたじゃないですか。あれがそうです」 「そういえばそうだったような……」 「あれを返す気なんてさらさらない母は、退魔師に扮してジャックを封印したんです」 人間による真実の愛のキスで封印が解けるなんてやはり母も昔の感覚が残っていると思ったが、よく考えればゴキブリにそんなことする人間が現れるとは思えないから、やはりえげつない封印だ。「もしかして白緑君って、他にも童話の裏話を知ってたりする?」 「まあ……こういう類いの話は絵本がわりによく聞かされたので」 にしても迂闊だった。ネクロマンサーのゴキブリと知った時点で気付けるはずだったのに。豆の木も囓ってたわけだし……お
まずなにから話そうか……そうだな、ジャックのその後からにしよう。 盗みを働いたあげく巨人を殺したジャックは、金や銀を吐き出す袋に金の卵を産む鶏、そして魔法のハープでぼろ儲け。一目惚れした男爵の娘と結婚するため、金にものをいわせ、それはもう強引に婿養子となった。 あっという間に子供を二人もうけるも、妻には早々に飽きて、美しい侍女や爽やかで凛々しい騎士見習いを節操なく次々と囲い入れていった。子供たちにはデレデレだったらしいが、育児は妻と母に任せっきり。そうして好き放題のまま約三年ほど暮らしたという。 しかしある時、宝物が忽然と消えてしまった。また、災難は続くもので、空から巨大な木の根が顕れてジャックを館ごと引き上げていった。その際、逃げようとした妻と母、使用人たちが空に放り出され絶命。ジャックと子供たちだけが残された。 巨大な木の根が蔓延る雲の世界はかつてと違い、酷く荒廃していた。そこでジャックを待っていたのが巨人の娘。 実はジャックが殺した巨人は異世界の月へと繋がる門の番人であり、妻は月の精霊だったのだ。 当時は世界と世界の繋がりが不安定で、そういった場所は珍しくなかったらしい。 ジャックが盗み出した宝物は月の大精霊から門番夫婦に貸し出されていたもの。巨人の妻は贖罪として命を差し出し、同時に娘の命を救う願いに換えた。 当然、巨人の娘は復讐に燃えた。とある神直属の部下である緑色の部下たちの力を借り、恨みを晴らすべくジャックを捕獲した。だが家族の死に涙する仇を前にした彼女は冷静であった。自分がされたようにジャックの家族を奪い、我に返ったのだろうか。 巨人の娘は両親の墓前で謝罪し宝物を返せば、子供たちと下界へ帰すと言う。だがジャックは既に宝物を失っている。 結局ジャックは許されなかった。 毎日目の前で少しずつ肉を削ぎ落とされる我が子ら。空腹はその肉で満たされ、喉の渇きはその血で癒された。 子らの解放と自らの死を懇願し続けながら、すっかり二人を食べ終えた頃、今度は転生する度に一切の幸福を得ることなく、必ず転生者した家族を巻き込んで苦しみと後悔溢れる人生を送る呪いをかけられた。解呪するには、やはり宝物を返すしかないらしい。 ジャックは絶望のまま死を迎えようとしていた。 そこにひょっこり緑色の悪魔が現れる。道に迷ったと言うそれは、歌って踊る陽気な悪魔
目が覚めると憎き親友たちはいなくなっていた。そりゃそうか。一週間も寝てたらしいからな。 幸い”私”を保ったまま意識を失ったので秘密は守られたままだ。良司さんとベリーに聞いても目が覚めるまで”俺”に戻ることはなかったという。 ちなみにシラーは未だ便器とランデブーしてるらしい。それから盗撮の類いの魔法が心配だったので、今ジャックに確認してもらっている。 あいつらはいつだって誰かの弱味を握って危険な仕事をさせようと企んでいる。それも無報酬で。俺も何度危ない橋を渡らされたことか。ていうか橋すら無かったこともある。あのときは絶望したなぁ……。 ただまあ、今回はなんだかんだで楽しかったし、なにより魔力が半分ほど回復しているという、いつぶりかの状態の良さ。感謝しておこう。 最悪の味という欠点はあるものの、この世界にこれほど魔力が豊富なものが存在していたとは。確か万年ウミウシとアホ人魚だったか?「図鑑、図鑑……っと………あっ」 調べてみようとベッドから降りて思い出した。なぜ爆破したはずの家やジャックが無傷なのかを。 ちょうどジャックが戻ってきたけど、それとなく腰に手を回されそうな気配がしたので良司さんの後ろに隠れる。「心配していた魔法も機械もなかった――なぜ離れる?」「俺にゴキブリとイチャつく趣味はない。ていうかなんで無傷なんだ。家も、お前も」「あ、それは僕も気になってた。家がなくなったから別荘に引っ越さなきゃって思ってたんだよ」 べ、べべべべ別荘!? 今、別荘って言ったのか!?「……持ってるんですか?」 ゴクリと喉が鳴ってしまった。「うん。ブライトンとブリュッセルとウィーンとサンフランシスコに一軒ずつね」 四軒!? しかも海外!? JRR職員とはそんなに儲かる仕事なのだろうか……。「ほう、ブライ